サロマ湖100キロウルトラマラソン(2)

サロマ湖100キロウルトラマラソンまであと15日。私にとって、62歳になってからの初めての挑戦=100キロマラソンがもうすぐ来ます。

例年ならけっこう走りこんでいる時期ですが今年は調子が狂っています。それは2つの理由によるものです。一つは3月11日のあの地震以降走りのリズムが狂ってしまった。福島第一原発の事故による放射能物質漏れの影響もあります。二つには社交ダンスの練習です。とりわけ、今度の日曜日(6月12日)に社交ダンスの競技大会がありそこでルンバを踊ることになり、練習と当日にむけた体力の調整が必要になっている事情があります。

今回のサロマ100キロマラソンは、1994年1月から走りはじめたランニングの集大成のバにしようと、短期ではなく長期的視点で位置付けることにしました。そうするといくらか気持ちが楽になりました。前半の50キロはキロ6分20秒前後、後半は7分ちょっとの平均スピードで走る。そうすると朝5時にスタートして夕方の4時半前後にゴールに入ります。延々と11時間半くらい走り続けなければなりません。しかしどうしてもそれをやり切りたい。

どのくらいのタイムでゴールすればいいのか、これはまだ走ったことがない自分には定めきれない目標なのです。村上春樹の小説『走ることについて語るときに僕の語ること』(2007、文芸春秋)に載っていますが、彼は1996年6月23日にこのサロマ湖100キロウルトラマラソンに参加しており、ゴールタイムは11時間42分16秒でした。私は若いころから比較的に読んできた村上春樹という作家の走りが意識の底流にありました。
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村上春树《当我谈跑步时我谈些什么》新经典文库319より転載

この本が出たとき、「村上春樹はサロマ100キロに出ていたんだ」と発見しました。彼はそれまでフルマラソンを何回も走り、このサロマ100キロ以降は、トライアスロン(水泳・自転車・ランニングの3種目をこなすレース)にも挑戦しています。つまり、村上春樹は挑戦することが好きな人なようです。アメリカのプリンストン大学の教員で赴任していた時もジョギング・ランニングを楽しんでいました。ホノルルマラソンには現地に数カ月間滞在して体調を整えて参加しています。

そういう人ですから私は村上春樹を、作家として、ランナーとして、団塊世代の同期として注目してきました。小説家では村上春樹と大江健三郎の二人の作家です。



いま、村上春樹は、カタルーニャ国際賞を受賞しにバルセロナに行っています。6月9日に受賞スピーチをし、その全文がインターネットで紹介されています。

そのスピーチで村上春樹は「我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です。」とスピーチし、今回の地震、津波、福島第一原発に言及しています。そして戦後日本の歩みの二つの根幹:経済の復興と戦争行為の放棄が日本という国家の新しい指針となったことをいい、そこから一気に今回の福島第一原発の事故に触れていきます。そして深いところで「無常」というキーワードで日本人の心情を紐解きます。

大江健三郎は「憲法九条」の大切さを訴え、村上春樹は「核に対するノー」を訴える。ともに現在の日本におけるインテリゲンチャの貴重な発言です。

今回、私はサロマの100キロを11時間以上かけて走ることで、その走っている間に、このことも頭をよぎりながら走ることになるでしょう。こういう時期に100キロを走るチャンスを与えてくれた、その時代に生きる自分、その時代に走る自分がラッキーな男であると感謝しています。
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by xiyuannei | 2011-06-11 00:57 | ランニングは楽しい
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