シドニーにマラソンとカプチーノを求めて

シドニーにマラソンとカプチーノを求めて。

オーストラリアのシドニーマラソンは3回参加しました。1回目は1995年8月。2回目は1996年8月。3回目は2010年9月です。

シドニーは2000年にオリンピックがありました。95年と96年はオリンピックの予定コースを走ろうと銘打った大会。私は走り始めて間もないころでした。大会に参加すれば記録が良くなる時期でしたが、95年のシドニーは3時間40分59秒。コース最後にある長い坂で歩いてしまい不本意な成績に終わりました。それで帰国後1年間かなり走り込んで翌年再挑戦。96年のシドニーマラソンは自己最高の3時間18分05秒を実現。「最高記録は?」と聞かれたときに言うタイムとして一生ものの記録になっています。

c0022843_5295643.jpgその後シドニーマラソンには参加していませんでした。しかし、2010年、シドニーオリンピック終了10年後の第10回シドニーマラソンに特別企画がありました。それは、シドニーオリンピックのマラソンで優勝したQちゃん(高橋尚子選手)が、「民間親善大使」を10人選出し、シドニーマラソンに参加する企画です。私も応募して運よく当選。それで、Qちゃんと選ばれた10人でシドニーマラソンに参加しました。

こんなことでシドニーはマラソン参加と娘がシドニーの大学に留学しておりその時に行ったこともふくめて、愛着をもった海外都市の一つになっています。

2010年のシドニーマラソンは3時間35分。30キロ付近で両足が痙攣してしまい、42キロのゴールまで痛い足を引きずるようにして走って完走したマラソンでした。このマラソンの完走は特別の意味を持っていました。一つは「民間親善大使」として参加しているので完走しないとその役割を発揮できないこと。二つには妻と娘もシドニーに来て、私を応援してくれているからです。

c0022843_5304285.jpgですから、普通ならマラソンの完走はどうってことないことですが、このシドニーマラソンの完走は両足の痙攣というアクシデントがあり、ホントに苦しい完走でした。ゴール250メートル手前で妻と娘が応援してくれ、100メートル手前にはQちゃんが迎えに来てくれ伴奏しながらゴールしました。2年前ですが今はすごく懐かしさがこみ上げるマラソンです。



c0022843_5312010.jpgシドニーにはマラソンと観光で10回くらい行っていますが、いつ行っても気持ちが落ち着く街です。大好きな街です。シドニーで飲むカプチーノは最高。あの気候条件、坂の多い街にあるカフェ、オージーのゆったりした時間の過ごし方などシドニーならではの味わいがあります。

マラソンをしに外国の都市に行く。これをランニング開始後やってきました。ロサンジェルス、シドニー、シンガポール、香港、台湾、北京、上海、大連、杭州など他にも様々な都市を走りました。もちろん国内も北海道、沖縄、千葉、茨木、東京などで開催されたマラソンに参加しています。

45歳からはじめたランニングとマラソンは私のメインの趣味でした。いまは、60歳からはじめた社交ダンスがメインの趣味どころか生活時間のほとんどを費やす「生きがい」になっています。

妻が言います。「あなたは一つのことに夢中になるタイプね」

(写真は2010年シドニーマラソンの結団式。Qちゃんと民間親善大使10人の集合写真。オペラハウス)
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by xiyuannei | 2012-02-24 05:35 | ランニングは楽しい
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