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1,500万円の損

「中国の海南島の三亜でレストランを開店したが、失敗して日本に戻ってきた」という知人の話を聞かせてもらいました。彼は昨年の4月28日に1階・2階各100席のレストランを開店、しかしお客が来なく、手続きもいろいろ問題があり、7カ月経営して12月にレストランを閉店、その後、そのレストランを処分して今年6月に日本に戻ってきました。

彼の言葉からは、中国および中国人に対する厳しい言葉が返ってきました。これは1,500万円以上投資してそれがほとんどゼロになって日本に戻ってきた実際の体験なので、「良い悪い」の問題でなく「現実の体験」として怖さを感じる話でした。彼はやっと意気消沈した状態から立ち直っていますが、今は失業中の身で、「自分以外の日本人に同じ体験をさせたくない」と、経験を文書にまとめているとのことでした。

内容の概略は次の通りです。

1.5年ほど前からM市で残留孤児2世が経営しているレストランに出入り。 そのレストランの中国人女性経営者(J氏、40歳くらい)と話があい、彼(O氏と呼ばせていただきます、50歳くらい)と、K氏(O氏の友人で60数歳)の3人で中国で何か事業をやろうということになった。

2..O氏は最初、中国で甘柿の栽培をして販売する事業をしたかった。いろいろ調べたところ、河南省の林州市が柿の栽培に適していることがわかりその近くにある安陽をベースに手続きをしていた。その過程で安陽に日本人がレストラン経営をしている人にであった。その人は海南にレストランの出店計画を持っていた。その出店をO氏が受け持って(この辺の事情はよくわからなかった)、柿栽培の計画を変更して海南島の三亜でレストランを開店して経営する計画に変更した。

3.共同出資者であるK氏もO氏の計画を応援してくれたので、レストラン経営に変更した。その投資計画は120万元だった。レストランは天津の包子か海鮮料理か東北料理の種類を検討したが、結局、調理師などの関係で東北料理の店を開くことになった。

4.O氏は社長として現地に行き、総経理には残留孤児2世で中国人女性のJ氏がなった。彼女は「中国で事業をやりたい」という意思を持ち、一緒に事前調査を中国のあちこちに行った時は、協力的で一緒に事業をやれるパートナーだと信頼できると確信した。今回の海南島のレストランでは総経理の任を与えて、一緒にやりはじめた。しかし、彼女(J氏)はどうも最初からO氏をだまして、社長としてのO氏を日本に帰して、自分は海南島のそのレストラン経営をやりたかったのではないかと後で思ったと言う。

5.J氏はレストラン開店数カ月で解雇した。そのとき調理人も一緒に止めてしまい大変だった。レストラン経営はSARSの時期と重なりお客が来なくて売り上げがいかない。当初1日6,000元の売り上げ計画を予定したが、実際には1カ月で1万2千元の売り上げしかなかった。しかもそのうち電気代が8,000元もかかった。観光客は来ない、「外食は自粛するように」との通達もでてお客は来なかった。

6.7月下旬にSARSが解除され、それ以降もレストラン経営をしたが、結局うまくいかなくて7カ月で閉めた。58万出して買ったレストランは今年1月に売り払った時には8万元にしかならなかった。これも後でわかったことだがもともとこのレベルの物件は30万元程度だと知らされた。

彼の口からは次のような言葉が発せられた。

「正直者はだまされる」「中国には旅行で行くくらいがちょうどいい」「中国人は何をしてもごまかす」「日本人が手を出せないように持っていく」「中国人は絶対信用するな」「中国人は身内のみがごまかしが少ない。だから、レジ、仕入れ、倉庫管理などには身内を配置する」「中国人の通訳は信用するな、言ったことと反対のことを通訳する」「中国はコネと袖の下、官僚は権力と賄賂の世界だ」「中国人の発想は、だまされる奴が悪いという考えだ、自分と考え方が違った」「聞くところでは河南省の人間は信用されていない。中国の企業でも河南省の身分証明証をもつ者は採用しないと聞く」

私から見るとかなり中国および中国人に対してきつい言い方でした。しかし、彼が1年間、中国人と一緒にレストラン経営をして、最後はすべてを失った現実から来る言葉です。それ自体は彼の真実なんですね。

そして彼は私に言いました。「中国への事業はやらない方がいい」

私は彼の話を聞いて2つの教訓を感じました。一つはカウンターパートとの関係です。中国で事業をやるのには日本側だけではうまくいきません。その中国側のパートナーが残留孤児2世の中国人女性で彼女と一緒に事業をやろうとしたことがそもそもボタンの掛け違いであったこと。二つには彼の問題ですが中国語をまったくできない状態で中国事業を行い、通訳とか中国大陸の側の人的関係作りを残留孤児2世の中国人女性経由でしかできなかったことです。

彼自身は中国事業をやろうとする段階で数十冊本を読んだり、経験者に話を聞いたり、様々な勉強をしたようですが、「それはほとんど役に立たなかった」ということでした。

私もチャンスがあれば中国ビジネスに関わりたいと思っていますので、今回の彼の話は身につまされる内容でした。彼が言うには海南島の三亜にいる日本人ほとんどが中国人からだまされている、まして上海などはもっとひどい、という話でした。

かなり多くの日本人が中国に金をつぎ込んでも事業がうまくいかなくて損をしている、という実態の現実の一つでした。しかし、彼は言います。「可能ならもう一回中国で事業を立ち上げて、それを成功させて、見返してやりたい」

これが中国の魔力なのでしょうか。
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by xiyuannei | 2004-09-25 06:18 | 数字からみる社会の断面

観光立国・日本

観光立国・日本にむけていろいろなイベントが行われています。

例えば、東京のビッグサイトで「旅行博覧会」がおこなわれており、これは旅行業界のイベントと一般市民に対するイベントを連続させた大規模なイベントになっています。

昨日はそのイベントの一環で「JATA-WTF2004 インバウンド商談会」がホテル日航東京でありました。私もあるホテルの海外営業のお手伝いをしている関係でそのイベントに日本側のサプライヤーの一人として参加し、外国から来日した旅行商品のバイヤーにそのホテルの紹介(いわゆる売り込み)をしました。

主催はビジット・ジャパン・キャンペーン実施本部、社団法人日本旅行業協会、独立行政法人国際観光振興機構の3団体なので、日本全国かサプライヤー(ホテル、観光施設、観光協会、旅行会社など)が参加しています。また国土交通省が所轄行政になるのでそこの役人もパーティなどでご挨拶するなど存在を示しています。

外国側バイヤーは12国・地域の 89名、サプライヤー 248団体です。今まで日本はアウトバウンド(海外に行く旅行企画)に力にいれてきましたが、これからは「1000万人受け入れ」目標に向かって、インバウンド商品(日本に来てもらう旅行企画)の宣伝にも力を入れるのが政府及び業界の重点になっています。

今回参加は中国(17団体)、アメリカ(11)、韓国(9)、フランス(8)、イギリス(5)、台湾(5)、オーストラリア(4)、カナダ(4)、シンガポール(3)、ドイツ(3)、タイ(2)、香港(2)です。

私は主に中国を中心にアジアの旅行者にプレゼンしました。中国、台湾、香港、韓国、オーストラリア、タイの旅行会社のバイヤーたちです。彼らは自国の消費者に向かって、「日本への旅行企画」を作り(業界では商品造成といいますが)、それを宣伝してお客を集め金儲けをするのです。ですから情報は広く深く知っていますし、「商品企画作りに使えるな」というヒントに対して敏感です。われわれ日本側サプライヤーの話を聞きながら、自国に戻ったらこういう旅行商品企画をたてようというスタンスでの情報収集に真剣でした。

私は旅行業界については素人なので、彼ら外国人バイヤーにいろいろな質問をして勉強になりました。例えばビザの問題で、ヨーロッパ20数カ国はこの秋から一斉に中国人ビザに対して緩和措置をとるらしいです。だから、中国の旅行各社はヨーロッパ行きの旅行企画をたくさん作っている。日本含めアジア関係の旅行売り上げは減少するのではないか、と言っていました。中国13億人(実際には金を持っている中国人相手ですが)に向けて、世界中が地域ぐるみで、中国人マーケットを狙っていることをひしひし感じました。

その中で、日本への旅行企画は、例えば家族旅行であれば、今までは「東京、大阪、富士山」の3つを結んで5泊6日で10万円くらいであればお客はつく、ということでした。これは広州、香港、台湾の旅行会社各社が言っていました。しかし、最近人気あるのは北海道の冬のシーズン、家族旅行では九州が人気あるらしいです。東京は圧倒的に東京ディズニーランド(TDL)で、家族旅行でTDLに行かないグループはほとんどないとのこと。

今回は私が担当したホテルは千葉の小湊に位置し、そこは南房総の一部です。そのホテル自体はグレードが高く、100室ほどの和室、屋上に露天温泉がある和式のホテルです。そのグレードに関心を持ちつつも、一人12000円(一泊2食)が外国人からみると高いらしく、「もっと安くならないのか」との質問が多数ありました。どうも彼らの感覚では1泊2食で8000~8500円の感覚でした。

千葉県の観光資源はこれといった特色あるものがないと思います。成田空港を知らない人はいませんがそれは日本への出入り口です。成田から東京都内へ直行したり、乗り継いで地方の空港に行ったりしますから観光としての千葉県は頭にないようです。日本の観光といえばTDLと言っても、東京のディズニーランドで知られているので千葉県浦安市にあるということは全然千葉県の観光資源になっていません。この辺が千葉の苦しいところです。

聞いた話では、最近千葉県知事が韓国に観光営業に行ったようですが、その時の観光の売りの一つがゴルフらしいです。私個人はゴルフは「自然を破壊して作った娯楽施設」という認識がありちょっと毛嫌いしていましたが、最近、観光資源としてのゴルフ場の存在はあるのかな、という気持ちになっています。「いま、日本にはまともなゴルフ場は1000箇所ちょっとあり、千葉県には150くらいある」(これは会場で聞いた話ですが)、というくらいに、千葉県はゴルフ場が多い。「ゴルフ銀座といわれているんだ」「飛行機から降りるとき目立つのはゴルフ場なんだね」とかも言っており、自分が考える以上に千葉県はゴルフ立県らいいです。アジアでゴルフが盛んなのは韓国と台湾ですが最近は北京、上海なども好きな人が増えているとのこと。特に韓国は冬は雪が降るために、1年中雪の降らない千葉のゴルフ場は魅力があるばずだと聞いて「なるほど」と思いました。

今回担当のホテルもゴルフとのセットで中国に売り出す企画でチラシを作りましたが、千葉県から参加している他の団体もゴルフとホテルセットの商品企画の宣伝をしていました。房総にはマザー牧場、鴨川シーランドなどがあります。またこれは会場で知ったのですが木更津市は中国の胡金濤(字はこれでよかった?)が、2年前、農業視察に来たところで、その市は新日鉄工場、バイオ研究、国際会議場、東京湾アクアラインの千葉県側の入り口としてずんぶん観光売り出ししていました。これらの観光資源をうまくつなげることができれば南房総を中心にした日本の観光コースができるかも知れません。しかし、これらの情報は外国旅行会社のバイヤーたちはあまり知る機会がありません。その意味で今回のインバウンド商談会は意味があったようでした。

また、外国との窓口は成田空港と関西空港が多いのは事実ですが、最近は地方の空港に直接入る企画を組み立てているとのことでした。これは韓国の旅行業者が言っていたのですが「成田空港の使用料金は高い。だから日本の地方空港に直接入る企画を増やしている。地方の空港使用料は韓国の国内空港の使用料と同じくらいだ」と言うのです。「なるほど、こういうところでも競争環境があるんだ」と思い、外国人バイヤーたちのシビアな企画作りの一端を知ることができました。

日本は91年のバブル経済崩壊後、長いながい低経済成長の時代にはいりました。私はこれはこれでいいと思いますが、しかし、今後の経済成長の基本的活力をどうつくるかの努力は必要です。科学技術立国、環境立国、観光立国など様々な立国を模索している日本ですが、この観光立国は「人々の交流」が基本なだけに魅力ある施策の方向だと思います。法的にも整備が進んで、安全、受け入れなどの整備とともに、最近「景観法」ができるとの情報も知りました。それは美しい日本を維持発展させるために景観について規制をかけるようです。

インバウンド商談会、日常と違う世界に入りいろいろなことを学んだ一日でした。

参考 
http://www.jata-wtf.com/jp/index.php
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by xiyuannei | 2004-09-25 06:15 | 数字からみる社会の断面

ジョッギング

今日は「敬老の日」で休日。土・日とあわせて久々の3連休になりました。以前は9月15日が敬老の日でしたが、こうして連休にしてくれるとはありがたいことです。職場の年休は1年間で40日間ありますが休みにくくてなかなか休暇をとれません。ですからこういう休日はウェルカムです。

休日は近くの川の遊歩道をゆっくり走るのですが、これが楽しい。今日は9月下旬にもかかわらず暑いのですが、太陽の光を身体いっぱい浴びながら走るのは気持ちがいいですね。川幅2~3メートルの小さな川ですか両岸が草で覆われていますので、その外側にある両方の遊歩道間の距離は10メートルほどになります。ちょっとした視自然の中で走ります。

「西の方向」の見晴らしのいい場所があり、1年に数回、そこからきれいな富士山が見えます。朝早くないと雲がかかって見えないのですが、見えたときには思わず立ち止まってしまいます。また草木もけっこうあるので、四季折々にそれらを楽しんでいます。ですから、自分が環境問題関心を持ったのは、走りはじめてからでした。

自然がいっぱいの田舎で生活していたのでその分自然に対して鈍感になっていたかと思います。東京は自然がないところ・・・、頭から思って生活していたのでなおさら自然は別のところで求めるものになっていました。しかし、10年前に走りはじめてから、道路の硬さ柔らかさ、空気の暖かさ冷たさ、風の弱さ強さ、鳥の声の近さ遠さ、四季の草木の色の移りかわりなどを感じるようになりました。自然を感じる身体と感性が自分の中に宿るというか戻ってきた感じなんですね。また、毎朝、走りはじめる時にその日の体調も感じるようになりました。今日の身体は軽い、重い。

出張に行くときにはなるべくランニングシューズとランニングパンツ、シャツを持って行きます。いろいろな地域に行った時、そこを1時間なり2時間走るのがその場所を知る上でも便利です。1時間約10キロのゆっくりペースです。そのくらいの距離を走れば町の雰囲気がわかるんですね。

それは海外でもそうです。北京はずいぶん走りました。上海・広州も走りました。90年頃からマニラ、バンコック、ソウル、プサン、シドニー、ロサンジェルスなど海外の都市も走り、そのたびにその町の在りよう、自然と人の関係性などを感じてきています。

「走る」というと、ちょっと特別な人のように思われがちです。意外と自分の生活の中で「走る」という動きを持っている人は少ないんですね。マラソンなど見ることは好きでも走るのは敬遠しているようです。「走る」というのは「自分の走るペース」を持つことです。早く走ることができる人は早く、遅く走るほうが楽な人は遅いペースで・・・、いずれにしても自分のペースで走ることが身体に素直になれることです。走れば必ず有酸素運動が働き身体にいい効果を与えてくれます。食事もおいしくなりますし。結局最後は「継続する意思」を自分で持てるのかどうかでしょうか。
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by xiyuannei | 2004-09-20 06:55 | ランニングは楽しい

「玉观音」

「玉观音」を見終わりました。

これもとても長いドラマで27週の連続ドラマ、1回40分なので約18時間です。最後は悲しかった。安心を探しに行ったがすでに亡くなっていた。そして形見の玉观音。

このドラマの注釈には次のように書いてあります。

题记

佛教里有四个菩萨,代表悲,智,行,愿四种理想的人性。代表愿力的,则地藏王菩萨; 代表实践的,是普贤菩萨; 代表智慧的, 是文殊师利菩萨; 代表慈悲的,就是中国老百姓最熟悉的大慈大悲的观世音菩萨。

什么叫慈悲的呢?按佛典的愿意: 慈即是“予乐”。悲即是“拔苦”。拔除众生的痛苦,给众生以快乐,就是慈悲。

观世音菩萨到了中国,在外形上被人塑造为女相, 这大概反映出中国人对“慈悲”的理解: 端庄安详洁净美丽的观世菩萨坐于盛开的莲花之上,似乎就象征了一切母性的崇高,伟大,温和,温软,善良,怜悯和无处不在爱心。

领导主演  孙俪,佟大为,何润东,杜源
联合主演  房斌,海清,赵亮

この間、中国のドラマをずいぶん観てきました。見終わるのはどれも長くて大変ですが、しかし、中国人の関心の在りようが感じられ興味深いです。
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by xiyuannei | 2004-09-20 06:40 | 映画・ドラマは文化の凝縮

心太软

中国の流行歌を歌い始めてからもう4年くらいになります。

新曲を覚えるのは大変で、自分にあった歌を見つけ、メロディを何回も聴いて覚え、それから歌詞をピンインで読めるようします。もっぱらMDを聴いて覚えるのですがやはり歌は声に出さないと自分のものになりません。しかも、聴く人がいるところで歌わないと「歌の度胸」がつきません。

で、自分が今、割合得意げに歌える歌はどのくらいあるのだろうと一覧にしてみました。う~ん、21曲ですか。まだまだ少ないですね。当面30曲覚えようと思っていたのですが、最近になって30曲では中国を喋れるようにならないことに気づき、覚える曲を50曲に引き上げました。今までのペースですとあと30曲増やすには6~7年かかりそうです。これでは新曲についていけないのでもう少しスピードをあげて歌を覚えないといけないなぁ、なんて思いながらリストを作りました。

中国語を習いたてのころ、北京大学出身の男性教師からにみっちり発音の訓練をさせられました。単調でつまらない発音練習でしたし、いわゆる中国語の音がなかなか出なくて・・・苦労した中国語教室でした。 中国語教室の帰り道、zhi, chi, shi, riなど声を出しながら帰ったものでした。しかし、おかげで、発音はけっこう普通話っぽくなったような気がします。

しかし、これを歌の発音でやると「硬い」らしいんですね。中国語の流行歌手は香港出身、台湾出身が多く、僕が覚えた歌も香港、台湾の歌手がほとんどです、彼らは元々広東語なり台湾語を喋っており、歌は普通話でも歌うということですから、その普通話もすこし軟らかいのかも知れません。

どの歌手もナマの歌を聴いたことがなく、CD,テープで聞いて覚えているので、本物とはだいぶ違うところがあるのでしょう。まぁ、それでも元々カラオケが好きだったので、中国の流行歌を覚えて歌うのは楽しいですよ。

歌って受ける歌は、心太软、安妮、不走、朋友 あたりですね。


你怎么舍得我难过   黄品源
那么爱你为什么     黄品源
不走          杜德伟
把你藏起来       杜德伟
情人          杜德伟
好男人         张镐哲
爱是什么东西      张镐哲
深秋的黎明       黎明
我不是谁        黎明
我把自己交给你     黎明
安妮          王杰
心太软         任贤齐
不让我的眼泪陪我过夜 齐秦
回头太难        张宇
一言难尽        张宇
过火          张信哲
宽容          张信哲
爱一个好难       苏永康
我的眼情在下雨     李茂山
月亮代表我的心     邓丽君
朋友          周华健
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by xiyuannei | 2004-09-12 21:46 | カラオケは自己表現

大学短大進学率49.9%

毎年夏頃に学校基本調査速報が発表されます。

大学・短大への進学率推移、学生数の変化などに関心があるのでその数値をみています。大学数は709校、大学の学生数は280万9323人で過去最高、そのうち学部学生は251万人です。大学・短期大学への進学率は49.9%で昨年より0.9%アップしています。男女別では男子51.1%、女子48.7%で両方とも昨年より増えています。

大学全入時代が2008年にくる、といわれて久しいのですが、それが前倒しになり2006年には大学入学希望者と大学入学定員がほぼ一致する、すなわち、大学を選びさえしなければどこかの大学には入学できるという時代が来てしまいます。それが想定されるので全国の各大学は特色ある大学にして「学生に選ばれる大学」になろうと大変な努力をしています。

日本の場合、小学校と中学校が義務教育で全員いずれかの学校で就学しています。高校は自由意志で進学するのですがほぼ義務教育と同じ状態です。たとえは今回の調査結果(2004年年5月1日現在)では、中学校の在籍者数は366万人、高校の在籍者数が372万人です。それぞれ3年教育なので、3で割れば平均の学年数が出てきます。高校より中学生が少ないのは少子化のせいでしょう。いずれにしても日本では同じ世代の約半数が大学・短大に進学しており、これに専門学校(1年~3年)への進学者を含めると、高校卒業者の約73%が進学しているのです。

中国では大学進学率は約15%と聞いています。しかし同世代での高校在籍者が日本ほど多くないでしょうから、大学生の絶対数は少なく、大学生は超エリート層になっているのではないかと思います。日本の大学生も1960年頃まではエリートでした、それ1970年以降急速に大学進学率が増えて「大学の大衆化」が言われ、最近は「大学のユニバーサル化」といわれています。ユニバーサル化といえば聞こえはいいですが、要するに誰でも大学に行ける時代になった、ということです。

外国では保護者(主に両親)の教育費負担とか保護者の子供への責任は18歳の高校卒業まで、というケースが多いのですが、日本は大学卒業までが保護者の責任です。「大学をでるまでは面倒見る、それを終えたら自分でやれ」と日本の保護者は言います。ですから教育費がすごくかかるんですね。45歳前後の保護者の子供になりますが例えば地方から東京にある大学に進学させると4年間で約1,000万円かかります。子供3人いたら3,000万円という膨大な教育費が必要です。ですから最近は地元の大学に自宅から通うことで「仕送り」を減らす保護者が増えています。「子供を近くに置いておきたい」という気持ちも含めて女子学生に自宅通学が多いのが特徴になっています。

さて、2006年は大学全入時代になることが想定されると同時に、いわゆる「ゆとり教育」を受けた高校生が大学に入学する年です。「ゆとり教育」で、勉強すべき範囲がせばまり、または高校生によって知識の偏りが考えられる。すなわち大学教育を進める上で、新入生の学力が以前と違う、または同世代でも違っており、うまく大学教育ができるのだろうか、が懸念されています。いわゆる2006年問題といわれているポイントです。これはその時にならないと実態はわかりません。

「大学は卒業したけれど就職がない」これも、今の日本の現実問題です。卒業してもアルバイト・パートないし無職になってしまう学生が多く社会問題になっています。また就職した学生も、就職先が「自分と合わない」ことで3~4年で3割くらいの新入社員が会社を辞める、という事態も起こっています。 こういう中で大学生の大学院進学率が毎年増えていて、今回調査でも修士課程に進学した学生数は7万6753人、博士課程は1万7951人でそれどれ増加しており、大学院生の総人数で24万4千人になっています。

10年前、20年前とはまったく違う大学と学生の現実があります。いま、日本の若者の社会環境は最悪で、この時代に遭遇した若者は可哀想ですが現実の社会なので「しょうがない」とあきらめざるを得ません。しかし、人生一回きりです。自分のやりたいことを見つけ、視野を広げて自分の居場所を見つけてって欲しいと思います。
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by xiyuannei | 2004-09-12 06:13 | 数字からみる社会の断面

第20回LA Marathon

偶然ですが、昨日、ロサンジェルスマラソン協会から、来年行われる第20回LA Marathonの案内が届きました。

昨年3月この大会に参加しましたが、申し込みをインターネットで行ったため、時々Mailで情報がきます。来年は3月6日に行うらしい。このLAマラソンは、僕がジョッギングを開始して、初めて参加したマラソンでした。ちょうど第10回LA Marathonだったのでもう9年前になります。それで、昨年久しぶりに参加してみたのです。

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■送られてきたMail

Thinking about running in the 20th Anniversary of the Los Angeles Marathon or the Acura L.A. Bike Tour on March 6, 2005? Don't just "think" about it any longer! Take the first step towards reaching the finish line by registering for the City of Los Angeles Marathon, the Acura L.A. Bike Tour, or the Emerald Nuts 5k Run/Walk before September 15, 2004. Early registrants will be eligible to win one of several prizes including two round-trip American Airlines tickets or a pair of Saucony running shoes. Entrants may register for the events online at www.lamarathon.com or www.acuralabiketour.com. The complete list of prizes also includes a hotel room downtown during race weekend, tickets to the Carbo Load dinner on March 5, 2005, a fridge full of Sparkletts water and Gatorade, a free finisher's plaque from Marathon Foto, and tickets to the Club 26 race-day hospitality tent.
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by xiyuannei | 2004-09-11 06:53 | ランニングは楽しい

北京国際マラソン

10月17日に北京国际马拉松があります。

一昨年の2002年北京マラソンはインターネットで申し込んで4 泊5 日で参加しました。今年も参加したいのですが、この時期は仕事がタイトでいけません。次回の海外マラソンは来年2月の香港マラソンにしようかと思っています。

今年の北京マラソンの申し込み締め切りは9月25日。北京を走りたいという人への情報提供です。北京マラソンの参加申し込み先と、一昨年、私が走ったときの感想です。

北京マラソン  
http://www.cits.net/travel/travel/marathon2003/marathon-1.jsp

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■2002年北京マラソンの感想■

北京は10月15日過ぎから一気に寒くなると聞いていた。ここ北京に18日に着いたが2~3日前から急に寒くなったという。確かに街を歩いている人はもうほとんどの人が冬物を着ている。上着を着てきてよかった。しかも小雨がぱらついている。旅行者には迷惑な雨だが、現地に住んでいる人の話では「この小雨は恵みの雨よ」と喜んでいた。理由は空気が乾燥しており、それに含まれた砂がのどを通ると咳き込むらしい。春には2カ月ほど激しい黄砂があるが、今は、規模は小さくても秋でも砂が飛んでくる。現地の感覚では砂漠地帯の一種だ。

いよいよ明日は北京マラソンなので、今朝はホテルから天安門まで50分ほど軽いジョッグをした。土曜にもかかわらず、自転車が多い。その自転車の流れに合わせて走る。これが経験的に一番安全だ。天安門はすでに地方から来た観光客でいっぱいだ。30~50人ほどの団体が赤い帽子、白い帽子をかぶり団体であるいている。胸には旅行会社のバッジをつけて。

広場内を走っていて、思わず見えない細い紐にぶつかりそうになる。その脇を見ると老人が座ったまま凧揚げをしている。糸の先には見えないほどの大きさで凧がじっとしている。何百メートルあるのだろう。あたりを見渡すと何人も凧揚げをしている。これも北京風物の一つだ。

17日(木)の18:55のNAで成田をたった。夜10時過ぎには北京空港に着く予定だった。機内でニューヨーク帰りだという男性画家と話していてまったく気がつかなかった。彼が突然、大変な問題になった、という。何だ、ときくと、この飛行機は北京ではなく、上海に向かっているという。“えー冗談だろっー”、しかし隣の中国人女性も“上海に向かっている”という。すぐ日本人アテンダントを呼んで理由を聞いた。それによると北京空港は雷がひどくて降りることができない、一旦上海まで行って燃料補給するということだ。これにはまいった。結局、上海まで行きそこで入国手続きなどして、北京空港に着いたのは夜中の3時35分だった。それからホテルまでタクシーで行く。着いたのは朝方の5時半だった。こんなハプニングはアメリカのシアトルの空港以来だった。しかし、乗客は誰一人不満を言わない。

そんなことで金曜日はあまり寝ないまま午前はマラソンの受付に行き、そのあと本屋で環境に関する本を買い込み、お昼にホテルに戻った。午後、北京環境ボランティアネットワークの方々と話しをして、夜は御隆北京ダック店(朝陽区)に行く。ホテルに戻ったのは21時半だったので早めの22時過ぎには床に着いた。

19日は走ったあと、シャワーを浴び、その後、西単(しーだん)のスターバックス(星巴克コーヒー)でコーヒーを飲みながらdiaryを書いた。そうそう、朝飯は吉野家だった。19.5元だが、1合ほどのご飯の上に鶏肉、豚肉、にんじん、ブロッコリなどの野菜がのっている。マアマアうまい。支店はすでに20くらいあるようだ。中国人もこのようなものを食べる時代になったのだ。10年前、シンセンに行ったとき5元くらいで食べたあの食堂が思い出される。

相変わらず北京は工事が多い。オリンピックに向けた街の整備が進んでいる。北京はどこまで変わるのだろう。北西100キロほどの所まで砂漠が来ていて、あと数十年もしたら北京も砂漠地帯になるかもしれないという。砂漠になる前にしなくてはならないことがたくさんあるだろう。これだけ街を整備して建物をたてているのは砂漠化に勝てる確信があるのだろうか。北京に住んでいる日本人の話しでは北京の街の行く末に悲観的だった。この広大な土地、どこの都市に行くにも飛行機を使わないと不便な地勢では北京の“遷都”はその機能さえ備わっていれば他の地でもかまわないのかも知れない。しかしこれは歴史が証明するしかない。

そもそも北京マラソンは参加する意思はあってもいつにするか決めていなかった。今回決めたのは仕事の間合いがちょうど良かったこと、Tさんのお勧めがあったこと、日中国交正常化30周年という年なので即、決めた。その際、全部自分で申込をしてノウハウを身に付けようとおもった。格安航空券、インターネットによるエントリーと宿の手配など。こうして振り返るとほぼ計画通だった。NWが上海に行ったことと、400元落としたことを除いて・・・・。

10月20日(日)は北京国際マラソンだ。

3時間28分でゴールイン。「やった」という想いがある。目標は3時間30分だった。

スタート会場の天安門広場には8時20分についた。もうランナーが並んでいる。並んでいる先頭にいったがその紐は前にでて、係りが早口の中国語で「紐の前に出るな、紐をひっぱるな」など話している。テレビカメラが回ると「わー」という声が起きる。世界各国から参加しているこのマラソンはさながらお祭りのようだ。

9時に歓声があがり9時01分にスタート。どこかでスタートの音を鳴らしたのかも知れないが、皆ぞろぞろ動き出したので僕も動いた。さあ、いよいよ42.195キロの旅だ。足取りも軽く、デジカメであちこち撮りながらスタートした。沿道には市民が一杯。マンション、アパートからも顔を出してみている。主催者によると、応援200万人、テレビなどで見ている人が1億人というがあながち嘘ではないな、という感じを受けながら走った。

6キロ付近だろうか、「Nさんではないですか」という声で振り返るとそこには知人のTさんが・・・・。程なくもう一人のランナーが来て、その二人をデジカメで写す。しかし、8キロ付近でトイレに寄った時から、二人には追いつけずそのままゴールになった。Tさんは3時間25分台、もう一人のランナーは3時間27分台だったという。

マラソンコースはほとんど平地で歩道橋のみが坂になっていた。だから走りやすい。1キロごとにスタンド標識が立っているのでペースもつかみやすい。30キロあたりまでアメリカ人3名について走った。彼は1キロごとに時計を押していてそのたびに4分45秒、4分43秒などと話していた。1キロ5分弱で走る予定でいたがやはりそのくらいのスピードだった。

30キロ過ぎ、アメリカ人が水を取りに右サイドのテーブルに向かうと僕一人になった。ついていくべき人がいなくなったときに日本人の小柄な女性が追い越してきた。「これはついていかなくては・・・」とおもい、その人にピタッとついていく。彼女は最後までペースを変えなかった。これが僕が今回3時間28分を出せた要因だった。けっこうきつい時もあったが全体として調子がよかった。39キロ地点でチョコレートを取り出して食べた。そのタイミングの悪さで彼女との差ができ、ゴールでは100メートルくらい開いたまま入ってしまった。反省のチョコレートだった。

しかし、ゴール後もまだ走れる位の余裕があり爽快な気持ちだ。ゴールにはTさんともう一人のランナーがいたので挨拶したあとデジカメで3人をショットした。

気温はやはり寒い方だったかと思う。走っている時には気がつかなかったが、ゴール後は寒気がしてきた。幸い大きいタオルをくれたのでそれを羽織る。自分にとってはありがたい完走賞品だ。ホテルまでそれを羽織っていく。

ゴールで貰ったものはタオルと水、会場出口でもらったものはメダル、バナナ2本、チョコレート、お菓子、ペットボトルのジュースだった。ゴールが正午過ぎなのでお腹がすいた。これはいい完走賞品だった。

ゴールの脇に今回の申込受付団体のブースがあった。そこでSha Mingが事務をしていた。記録測定のバンドを返却しデポジット100元を返してもらう。そして北京マラソンは終わった。

スタート  Tiananmen Square(天安門広場)
ゴール    Sports court in the National Sports Center(オリンピックセンター)
フルマラソンエントリー 38カ国2477人(男2059人、女388人)
うち日本人71人(男64人、女7人)(秩序冊から)
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by xiyuannei | 2004-09-10 06:47 | ランニングは楽しい

『藍色生死恋II』 冬日恋曲

「冬のソナタ」全20集を見終わりました。

金曜日からこの日曜日にかけて約23時間を費やしてみました。1集終わると次の展開が気になるんですね。金曜日は夜23時頃から徹夜で見て土曜日の午後1時まで約14時間ずーと見ていました。土曜日の午後少し寝て、16時頃、用事があったので上野駅まで出かけましたが、ホントこの3日間は「冬のソナタ」一辺倒の時間を過ごしました。

最初、見始めたときは「学園ものか」と思いきや、高校時代の初恋の人が、10年後、似ている人の出現で、ドラマは急激な展開をしていくんですね。

これは、多分週単位でテレビ放映したんだろうと思うけど、このドラマのファンは次が気になってしょうがない1週間だったのではないかと思います。

最後、姜俊相は盲目になってから、鄭惟真と結ばれるのは、「こうでなければ無理だったのかな?」という思いですが。僕としては鄭惟真の演技がとても楽しめました。

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『藍色生死恋II』 冬日恋曲 Winter Sonata

主演:裴勇俊,崔智友,朴勇河,朴素美
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by xiyuannei | 2004-09-05 07:07 | 映画・ドラマは文化の凝縮

冬のソナタ

9月にはいり、冬のソナタを見はじめました。

左側のスピーカーに中国語(吹き替え)、右側に韓国語の音声がはいり、字幕は中国語なので、まあ、なんとなくわかります。でも、まだまだ中国語ができないので詳細は理解できません。しかし、こうしてドラマをみると中国語の雰囲気がリアルに感じられて面白いですね。

この冬のソナタは、「ヨンさま」で日本の中年女性にモテモテの俳優ですが確かに甘いマスク。しかしこれが学園ものではじまっているとは知りませんでした。

20集もあるこのドラマは20時間ちょっとの長い長い物語。結論はどういう風になるのかわかりません。たのしみです。これから、「長いドラマのたび」に出ていきます。
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by xiyuannei | 2004-09-03 07:05 | 映画・ドラマは文化の凝縮